NHK短歌』という番組を、毎週録画して観ています。 ↓
http://www.nhk.or.jp/tankahaiku/
一般の方からの公募作品を紹介する番組。
今回、ある作品が目にとまりました。


     「お母さん雨」という手話
        春雨は少女の指に光りつつ降る


先生方の講評では、
“〈音のない会話〉なんですが、それが〈姿が見える会話〉になって、
やさしいニュアンスになっている。
やわらかい光を感じる。
手話って、キラキラ光る、やわらかい美しいもの、という感受性が美しい。”
こんなことを言っておられたと思います。

私は、「雨」の手話と、「光りつつ」という表現が、最初ちょっと意外でしたが、
だんだんと共感が湧いてきました。

「雪」とか「涙」とかの手話なら、さらに「光」というイメージが湧いてきます。

また、TVでよくお見かけする、松森果林さんの手話は、
本当に美しく優しく、見とれてしまったり。
あ、内山久美子さんも──。

手話って、聞こえないから、やむを得ず、というものあるけど、
話し言葉の文化”や“書き言葉の文化”と同様に、
“手話文化”という、深い一つの文化だな、って改めて思ったことでした。

あ、
わたしの場合は、
なにはともあれ、とにかく覚えなっくっちゃ。。(苦笑