おとといだったか、ある人の日記で高校時代のことを書き込ませてもらって、子どもの頃のことを思い出しました。


私は小さいときから、人と話すのが苦手でした。
聞くのがタイヘン。
かすかにしか聞こえない。
それで、よく聞き返していたようで、ある人から
「なんべんも聞き返さんでも、ちょっと考えたらわかるやろ」
と言われました。

素直だった(当時は!)私は、
「ああ、そうか。聞くって、考えて聞きとるのか。」
って思いました。

また耳鳴りも、物心ついたときからあって、
「なんか鳴ってる──」と言うと
「え?……なんにも鳴ってないよ」

バカな私は、
「そうか、なんにも鳴ってないのか。」
──今思うと、ほんと、バカですよね。 (笑


中学・高校くらいになると、ふつう友だちや家族とペラペラおしゃべりしますよね。
私は、、苦手だった。聞くのがタイヘン。

それで、学校帰り、後ろからクラスメイト(同性)が追いついて来そうになると、用もないのに本屋に入っちゃったり。


そして、そんな自分が「ヘンだ。」と自覚。「しょうがないヤツだ。」と思ってました。
難聴だなんて、思いもよりませんでした──。


後悔していてもはじまらないし、
人づきあいがヘタなのを、耳のせいにしたくないし、又できない。

ポイントは、、と見ていくと、
「‘事実’は、どうか」
という目で抑えて、そこから始まるんじゃないかな、と今は思いますね。

さて、現在の‘事実’は──。