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いつも何気なく思うの。
仕事中 以外のM子さんて、ゆったりした仕草で、
良い雰囲気だなぁ、って。
それは、いつも彼女が、優しくて、人の気持ちを受け止めてくれる、
いろんなことを、周りの人と‘共に’進めようとしている、
そういう、私から見たイメージがあるからかなぁ。
でも、客観的に見ても、
彼女の周りの空気は、大らかでゆったりしている、
それが広がっていくような感じがするわね。
持ち味とか雰囲気って、
伝わっていくのねぇ──。
実は先日、意外なことがあった。
そのM子さんが、私の言動を誤解していたことが分かった。
「そうじゃなくってね、」と2度も説明して、
やっと分かってもらえた(と思う)。
でも、そんな誤解が生じるのは、ふだんから、
彼女は、私に対して
「ミチさんて、こういうこと しそうな人」
みたいな見方があったのかしら…?
いろんな要素が絡んでいて、
なんとなく もやもやして、
誰か親しい人に話したくなった。
でも、しなかった。
どうしても、私から見た話 になってしまうでしょうし、
曇り空のような、どんよりした空気が伝わってしまうと思って──。
その2日後、M子さんと出逢ったときは、
何事もなかったように、
すっかり以前と同じように親しく声かけ合えた。
あのことを人に話さなくて良かったわ──。
今は、そう思う。
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『赤福』のことが、よくニュースで出てきて、ショックです。
本店で、とっても良い味わいをしたこともあり、
これまで、老舗として信頼し、好感もってきたので、なおさらです。
今朝TVをみていたら、さらに、
「売れ残り商品を回収、再加工して販売していた」
というのを見て、ビックリしました。 ↓
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071018-00000963-san-soci
でも、ちょっと考えてみたら、
いつお店に行っても、必ず
‘その日に作ったものが 有る’という状態にするのは、
たいへんなこと。
それで、冷凍とか、
餡とお餅、それぞれ再加工、
ということが始まったのでしょう。
これが、自分チのことだったら、
何か余ったら、できるだけ捨てないで、
ナントカして活かすように考えます。
だって、もったいないもの──。
(同じ地球の、あちこちの国では、
飢餓に苦しむ人が大勢いる、ということが頭に浮かんできます。)
私が子どもの頃、
パン屋さんで『蒸しパン』といって、
なだらかな円錐形のパンを売ってました。
ほんのり甘くて美味しかった、そのパンは、
売れ残りのパンを加工している、という噂でした。
でも、それを承知で、みんな買って
「美味しい、おいしい」と食べてました。
私は消費者として、単に「とにかく良いものを手に入れたい」とか、
「買いに行ったら有って当然」と思っている、
そんな辺りを、見直してみたいです。
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『TABLE FOR TWO』──20円の取り組み
ゆうべ、9時のNHKニュースで、
おもしろい取り組みを2つ紹介していました。
一つ目は、
ある大手電気企業の、社員食堂での取り組み。 ↓
http://journal.mycom.co.jp/news/2007/07/11/025/index.html
同じ地球上で、飢餓に苦しむ人が大勢いて、
いわゆる先進諸国では、メタボの人が大勢いる。
そこで、
「普通ライス」の料金で、「小ライス(小盛り)」をもらうと、
その差額26円は、国連を通じて、
いわゆる開発途上国の給食になるという。
自分自身の身体のために、ご飯を少なめにして、
→→それが→→毎日の食べ物にも事欠く子どもたちの給食になる。
もう一つの取り組みは、↓
http://mediajam.info/topic/125196
「低カロリーのメニューを選ぶと、支払った現金の一部(20円)が発展途上国の学校給食費などに寄付される。」というもの。
──こういう活動は、ドンドン広がってほしい。──
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地域の文化祭に行ってきました。
場所は小学校の体育館。
入るとすぐ目に入ったのは、
昔の農機具。
足踏み式の脱穀機や、籾摺り機でしょうか、
全体に木でできてて、
もう、磨り減っていて、使い込んだ様子がよくわかる。
ラベルは、横書きなのに右から読むらしい。
時代を感じるわね〜。
子どもの頃、母の実家に行くと、
祖父が、よく藁をなっていたっけ。
足踏み式で、藁を何本か穴に入れていくと、
向こうからロープ状になって出てくる。
いつも微笑んでいる、穏やかなおじいちゃんだったなぁ〜、
と、懐古の情が湧いてくる。
文化祭は、様々な出品があった。
盆栽・生け花・手芸・リフォーム・写真・書道・短歌や俳句などなど。
それに子どもたちの可愛い作品たち。
私が最も惹きこまれたのは、ちぎり絵と刺繍。
それはもう見事な作品だった──。
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帰宅して、ゆうべやっと仕上がった縫いぐるみ、
3匹の猫ちゃんの記念写真を撮った。
わたしの場合は、こんな感じよね。。
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朝晩は冷え込むようになってきた。
大きな金木犀があって、
良い〜香りが漂ってくる♪
チョット散歩に出てみた。
すぐ雑木林があって、その小道は通学路。
子どもたちは、『トトロの森』と呼んでるんだっけ。
ドングリがたくさん落ちているし、
いろんな木、それぞれに実がなっている。
もし、リスさんとかいたら、
大喜びで口いっぱいに頬張るでしょうね〜♪♪
なんて想像していると、
口元がほころんでくる。 (^-^*
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ロビーで栗剥きが始まった。
これ、楽しみにしてたのよね〜 。
三々五々寄っては剥いていく。
一つひとつ剥いて秋を味わい、
栗ご飯になったときには、
その味わいは、また一入(ひとしお)となるのよね──。
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『ペシャワール会』の会報が送られてきた。
いつも楽しみにしている。
つい、小さく無難なところで納まりがちの自分に、
良い刺激を与えてくれて、目を見開かせてくれる。
その代表の中村哲さんが、毎日新聞に寄稿された記事が、載っていた。 ↓
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/kaiho/nakamuramainiti.html
罪も無い民衆の命と暮らしは、置き去りにされ、
そのことがマスコミに取り上げられることは少ない。
世界のいろいろな話題は、マスコミの情報によると、
それぞれが、まず自国の国益や、
自分の民族・集団などの利益を優先させて
考え、判断したり行動したりしていることがほとんどらしい。
──溜め息がでてくる……。
私が、こういう記事を読みたくなるのも、
これまで、TVでペシャワール会のシリーズを見て心動かされ、
その本などを読み漁ったり、講演会に参加させてもらったりして、
たくさんのものを齎してもらっているから。
世情などに流されることなく、
‘事実・実際は、どうか’という視点と、
自分には、何が出来るかしら?という姿勢を、
いつも持っていたい、と
改めて思いました。
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インスタントラーメンて、たまに食べるくらいだけど、
一つ置いておくと、なんとなく安心な感じ。
こないだこういうのを見つけた。
日清のマグヌードル。
http://www.nissinfoods.co.jp/product/p_37.html?bl_cd=18
カップは付いてなくて、中身だけ。
へぇ、カップを捨てなくっていいんだー、
と買ってみた。
小腹が空いたときに、ちょうど良い量。
なにより、
食べたあとカップを捨てなくていい、っていうのが、良い !!
この地域では、プラスティックも‘燃えるゴミ’に入れる。
たぶん、有害ガスなど出ない焼却炉なんでしょうけど、
エネルギーを使って燃やす、というのが心苦しかった。
再生にするにしても、結構な手間ヒマとエネルギーがかかる筈。
キャンプなどと違って、
家庭で食べる分には、カップは無しで中身だけ売ってくれれば良いのです。
買って帰るときも、嵩張らなくて良い。
調べてみたら、
あら、10数年前から販売しているんだって──。
スーパーなどの
インスタントラーメンのコーナーには、
こういうカップ無しタイプをもっと置いてほしいわね。
カップを洗う時間が無いほど忙しいワケじゃないもの。
「食べて、ポンとゴミ箱へ。とってもラクチン〜♪」
こういう方向からは、キッパリ切り替えていく時期にきていると思う。
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迷っていた マンドリン コンサート、
きのう、やっぱり行きました。
合唱とか、マンドリンとかは、
なんとなくしか聴けなくて
メロディがとらえられないことがよくある。
それが辛い。もどかしい。
でも、音色を味わって、雰囲気を感じることは出来るよね。
わたしの耳では、これからは
大好きな音楽を味わうには、
そんな味わい方に切り替えるしかない。
もどかしいこともあるかもしれないけど、
割り切る練習をしていきたい。
そんな気持ちで原付に乗って出発しました。
絶好のバイク日和。爽快でした(安全運転ですよ)。
道中、20分くらいで、ほとんど田舎道。
そこここに ススキが穂を垂れて揺れている。
コスモスの群生地は、花の乱舞。
これを見れただけでも、出てきて良かった──。
そして、ある地点では、360度見渡せる。
丘じゃなく、平地なんだけど、
周りは田んぼと、まばらな民家(昔ながらの瓦屋根)で、
ちょっと先には低い山が連なっている。
いつもここで停まって、ぐるりと周りを眺めてしまう。
人も車も、めったに出会わない、
穏やかで平和な、お気に入りの里山風景。
さて、マンドリン。
優待葉書をもらってあったので、
前売り価格でありがたい。
開演前は、
ちょっとワクワクする贅沢なひととき。
このグループの定期公演、聴かせてもらうのは
もう3〜4回目かしら。
アマチュアにしては、上手いと思う。
あ、耳の悪いわたしは、言えないか。。
でも、きれいな音色で、
30人くらいいて いろんな楽器編成だけど、
全体よくまとまっていると思う。
メロディがつかめないことが多かったけど、
あの優しい音色は、今でも耳に残っている。
1曲ごとに進行の人が曲名など紹介してくださるけど、
それは、ほとんど聞き取れず、
客席は暗いので、パンフレットも読めなかった。
開演前に読んだ記憶をたどるのみ。。
それでも、
あの、味わいは残っている。
学生さんのハンドベル演奏もあった。
20人くらいで一つのメロディを演奏するんだけど、
まるで一人が演奏しているみたいに、
揃っていて、美しかった。
半日、贅沢させてもらった。
また元気出してやってこっと。